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更新日:2025.03.18

宇宙航空システム専攻 甲斐義啓技官「崇城大学での日々を振り返って」インタビュー

 この度、長年に渡り学科の教育研究に多大なるご尽力をいただきました甲斐義啓技官が、令和7年3月末日に定年を迎え退官されることになりました。

甲斐義啓技官(溶接機の前にて)

 

これまでの崇城大学での日々を振り返って、思い出についてインタビューさせていただきました。


Q1.何年間、崇城大学にお勤めされましたか。
 昭和53年4月より、大学にお世話になり、47年勤めさせて頂きました。
宇宙航空システム工学科の前の科である構造工学科1期生から本年度卒業生通算45期生までの卒業生を送ることとなります。

Q2.大学や学生の印象はいかがでした。
 大学が急成長した時代で、私がお世話になった年から陸上競技場やソフトボール球場、I号間や本館の建設が始まりました。
毎年の如く建設ラッシュで工事工事であったことを思い出します。
構造工学科時は、企業からの依頼実験や卒業研究の指導等で夜遅くまで過ごしていたことを思い出します。
宇宙航空システム工学科時は、鳥人間でパイロット養成、全体組み立て、琵琶湖(会場)までの人員、人力機の運搬方法、テレビ番組の密着取材(作成から大会まで)の段取りや飛行試験の計画実施案などを担当する部署で、忙しい部署でしたが学生諸君が大活躍していただいたおかげで私は口だけで指示することができ、また、無事大会で飛ばすことができたことは当時の学生さんには感謝しています。

 宇宙航空システムの学生さんは、優しい、少しおとなしいと感じます。構造工学科時の学生さんはとても元気でした。
今でも、連絡などはあり、大学に求人で来学しています。
学生時代は、勉強はほどほどでしたが、皆さん偉くなり部長や西部地区のトップやら課長などで活躍しているようです。

Q3.主にどのような科目を担当し、研究や指導をされてきましたか。
 構造工学科時は、溶接実習・非破壊試験(RT,UT,MT,PT)や機械工学実験、測量実習などを指導。
主に溶接に関する研究の助手や卒業研究の実験実習に関する指導。
特殊航空艇(ホバークラフトとモーターボートを足し合わせたような船)のテストパイロットなどもしていました。
 宇宙航空システム工学科では、シミュレーターの実習や実験(材料系や風洞実験の助手)、基礎演習、プロジェクト(ものづくり)を担当し、各研究室で物づくりに関する指導や実験装置の取り扱い等指導を行なっていました。

Q4.これまでで印象深かった出来事や思い出はありますか。
 大学にお世話になった時から、大学や学科のイベントに参加。
例えば1/5蒸気機関車の製作とグランド外周やイベント会場での走行。
特殊航空艇で有明海でのテストパイロット。
空港キャンパス内大型シミュレータの稼働のための改修と空港関係者等への見学説明。
無人大型飛行船(10m級)の運行。
人力飛行機製作と大会参加などの大型イベントに参加していました。

Q5.退職後のご予定は。
 家で趣味を中心とした生活を送ることでしょう。

Q6.学生さんへメッセージをお願いします。
 体が主本であり、どんなに仕事ができても病気をすれば、仕事ができなくなります。
少しでも体調が悪いと思ったら、まずは病院へ。
職場の健康診断だけでは当てになりません。注意してください。
仕事するときはする、遊ぶときは遊ぶ、何事も後悔しないように、メリハリのある生活を送ってください。

Q7.最後に!
 大学にお世話になった頃から宇宙航空システム工学科に学科名が変更するまで溶接関係の仕事が主でしたが、2年前より松井先生の研究が溶接に関する研究でしたので最後に溶接関連に携われて嬉しかったです。有難うございました。


 構造工学科1期生を送り出した頃から現在に至るまで、宇宙航空システム工学科の歴史の重みが感じられる貴重なお話を伺うことができました。

 長年に渡るものづくりを通じた教育研究のご功績に、宇宙航空システム工学科一同、深く感謝申し上げます。
今後の益々のご健勝とご多幸を心よりお祈り申し上げます。